人生を豊かにするため、体験を増やしていきたい

schedule 2026年5月30日category 所感

 インターネットや書籍で、よく言われている話ですが、「人生を豊かにするのは『物』を手に入れることではなく、『体験』を増やすことだ」ということを、改めて私は今、実感しています。

 なぜ体験を増やしたいかというと、出来事を振り返った時に、それに関するエピソードを思い出し、どこか暖かい気持ちになるためです。なぜ、温かい気持ちになるのかというと、そこに生(なま)の意味付けがなされているからに思えます。例えば、チーム開発で意見が対立してすり合わせたり、イベントで誰かに話しかけたり、ノベルゲームで本質ではない冗長な日常パートを読んだり、ネットの数百文字の概要文で済ますのではなくて、数百ページの本を読んだり、そういったことです。

 これらが人生の糧になる気がしています。

 これらの生の葛藤は、実際に当事者として体験し、"面倒なこと"をやらないと手に入らないように思えます。インターネットを眺めていれば、何かを成し遂げた人が、物事の本質を言語化しているわけですが、それでは体験にならないように思えます。なぜなら、体験というものは、苦悩や準備や緊張感や雑談と言った一見無駄な時間があって初めて、成り立つからです。体験は本質だけでは成り立たたず、当事者として無駄な部分も引き受けて初めて成り立つものに思えます。

 整理すると、体験というものは、当事者性と無駄な部分の二つが要件として必要に思えます。

 余談ですが、食べる物、住む場所、必要な医療に困っている人に、「物より体験」と説くのは違うだろうと私は思うわけです。つまり、生活必需品を確保することはこの命題が成り立つための前提条件と言えるでしょう。

 ですから、この記事を正確に言えば、「(生活必需品を確保したうえで)人生を豊かにするため、体験を増やしていきたい」ということになります。

 実は良い体験をするよりも、生活必需品を確保する方が大変なんじゃないかと私は思っています。というのも、安全が担保されたニートとして、本を読んだり、イベントに参加したり、散歩をしたりしていると、案外簡単に自己満足な体験が得られるわけです。それが周囲から見た時しょうもなくても、当事者の本人が満足しているなら、それは良い体験です。しかし、生活必需品を手に入れるためには労働という極めて難解な問題と取り組まなければなりません。辛い。

 この問題を論じると、この記事の趣旨と変わってしますので、ここでは論じません。

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